【スポンサーリンク】

ペットの短命と長命について

まだ若いペットを亡くすと、
「もっと生きられたはず」「なぜこんなに早く」と問い、
自分を責めたりして辛い思いをしてしまうことでしょう。

 

「私と出会っていなければ」
「私と暮してなければ」

 

長生きできたかもしれないと、
長生きできなかったのが飼い主のせいだと思い悩んでしまいます。

 

また、旅立ったペットも自分のことを恨んでいるのではないか
と考えてしまうこともあります。

 

大好きなペットと出会えたこと、
一緒に暮らせたことに「ありがとう」ではなく、
「ごめんなさい」と思うことの方が多いのは、苦しいことですね。

 

楽しかった思い出を思い出すのも
辛くなってしまうのは、悲しいことです。

 

ですが、命の長さはあなたのせいではありませんし、
ペットたちも、あなたを恨んではいません。

 

命が長くても短くても、あなたと出会った幸せ、
一緒に過ごすことができた幸せが消えてしまうわけではないのです。

 

スピリチュアルの視点からや、仏教などの宗教的な見解から言えば、
命の長さは、生まれる前から決められたことであり、
それを受け入れて生まれることを選んだのだと言います。

 

命の短さを責めることは、その子がそれを選んで生まれ、
生きてきたことを否定することになってしまいます。

 

ですので、「ごめんなさい」とたくさん謝るのではなく、
「ごめんなさい」の次には「ありがとう」と言ってあげてください。

 

生まれてくることを選らんでくれたことに、
自分のもとに現れてくれたことに、一緒に過ごせたことに、
「ありがとう」と感謝しましょう。

 

今は「ありがとう」よりも
「ごめんなさい」と言ってしまうことの方が多くても、
いつか自然に「ありがとう」が言える日が来るはずです。

命の長さは変えられない

命は与えられるものであり、授かるもの。

 

そして、定めに応じて、それを終えます。

 

どれだけ手を施しても、短い命を選んで生まれてきた者と、
長い命を授かって生まれてきた者がいて、
それに抗うことはできません。

 

命の期限は誰のせいでもありません。

 

生きている時間は、好きな者と、好きな時間を過ごします。

 

姿も、言葉も違いますが、
あなたと一緒に過ごすことを選んで生まれてきたのです。

 

例えそれが短い命でも、
あなたに会って一緒に過ごしたくて、生まれてきたのですから、
命の短さを否定しないでいいのです。

 

反対に、ペットが年老いて亡くなる場合も、

 

「何か伝えたいことがあったのではないか」
「もっと何かしてやれたのではないか」

 

と後悔が残ることがあります。

 

言葉を話せないペットが最期に何を伝えたかったのか
知りたいと思うことでしょうが、
ペットたちがあなたに伝えたかったことは決まっています。

 

それは「ありがとう」「大好きだよ」という感謝の言葉です。

 

長い時間、一緒にいてくれた
あなたに感謝しながら最期を迎えたはずです。

 

闘病の末最期を迎えた場合は、
ペットもあなたも辛い毎日を過ごしたことでしょう。

 

「頑張って」と声をかければいいのか、
十分生きてくれたペットに「もういいよ」と言えばいいのか、
分らなくなってしまうこともあったはずです。

 

ですが、どちらもペットのことを想って口にした言葉で、
ペットは言葉にこめられた温かさや愛情をわかっています。

 

あなたの愛情に包まれながら病気と闘い、旅立ったのです。
それはペットにとって幸せなことです。

 

「短い命」と「長い命」どちらのほうが優れていて、
どちらのほうが尊いなど、命の重さに違いはありません。

 

命の長さで差別されることなく、どの命も素晴らしいものです。

 

それは、一緒に過ごしたあなたが
一番分かっているのではないでしょうか。

 

生まれてきた命に感謝し、
これまで一緒に過ごしてきた、全ての時に感謝しましょう。

【スポンサーリンク】

関連ページ

ペットの出会いは運命的
ペットとの出会いは運命で、あなたに逢うことになっており、必然の出逢いです。
ペットが行方不明になったら探す方法
ペットが行方不明と判明したら、すぐにやるべきこと、探し方について。
ペットロスから学ぶ命の教育
ペットロスから学べる、いのちの教育、死の教育について。
ペットは人の言葉が理解できているのか?
ペットは人間の言葉を理解しているのかについて。
ペットのオーラについて
ペットにもあるオーラは何色でしょうか。オーラの種類について。
捨てられた動物はどうなるか
捨てられた動物の感情や魂はどうなるのかについて。